赤坂猛「野生動物問題よもやまばなし」
  • あかさか・たけし
  • 一般社団法人エゾシカ協会代表理事。2008年度より石狩圏に生息するエゾシカの生息実態調査等に着手。一方、地域に埋もれ行くタンチョウなど「野生動物と人との関係史」の発掘調査にも取り組んでいる。調査手法はひたすら「歩く・観る・聴く」そして「編む」、とシンプル。

第5回 昭和20年代、GHQと狩猟

GHQと「狩猟」継続の是非

1945(昭和20)年8月15日、終戦を迎え、日本はGHQ(連合国最高司令官総司令部) の統治下におかれました。占領軍は、GHQの最高司令官が日本政府に命令を出し、日本政府が施行を代行するという間接統治方式を採用しました(講談社編 1991a)。従って、農林省が所管する「狩猟行政」もGHQの統治下にありました。

大日本猟友会が、終戦によって最も懸念したのは、9月15日から始まる『狩猟』が許されるか否かということでした。このため、大日本猟友会は、直ちに内務省や警視庁を通して「狩猟の継続」にむけた活発なロビィー活動を展開しました。一方、政府はGHQに対し以下の事項を記した「狩猟継続の要請文書」を9月15日付けで出しました(大日本猟友会 1984a)。

  1. 現在民間人ガ所持スル猟銃ノ性能ハ劣弱デアリ軍事的ニ使用シ得ナイコト。
  2. 主トシテ有害鳥獣駆除及ビ食肉、皮革ノ獲得ノタメニ使用セラレテイルモノデアルコト。
  3. 銃器使用ニツイテハ、法令ノ規定ニヨリ免状ヲ下付セラレタル者ノミガ一定量ノ弾丸等ヲ指定商ヨリ買受ケテ使用シテイルモノデアルコト。
  4. 各県ニテハ、有害鳥獣ニヨリ農産物ノ受ケル被害ハ、毎年約8,400万円ニ及ビ、他方之ガ駆除ニヨル増産ハ約900万円ニ達スルヲ以テ、現下ノ食量事情ニ徴シ、有害鳥獣駆除ハ最モ重要ナルコト。

政府はGHQに対し、猟銃は「武器」とはなり得ないこと、専ら有害鳥獣駆除を目的とすること、弾丸等の使用は管理下にあること、農業被害対策となる有害鳥獣駆除が最重要課題であることなど訴えました。上記の「農業被害額 約8,400万円」を現在に換算すると約520億円(注)となります。ともあれ、GHQより、「有害鳥獣駆除及び毛皮増産のための狩猟」(大日本猟友会 1984b)が認められました。この狩猟の認可について、当時の農林省係官(狩猟行政担当)は、「食料危機の現在、狩猟は決してスポーツではなく、有害鳥獣を駆除して、間接に食量の増産に役立つものである。万が一狩猟禁止にでもなれば、(略)食糧問題に対する影響は由々しいものがあっただろう(大日本猟友会 1948a)。」と述べています。

狩猟とは即ち有害鳥獣駆除であり、食糧(食肉及び農作物)や毛皮等の増産に寄与するものである等、政府はGHQに対して説明を尽くした結果、「有害鳥獣駆除及び毛皮増産のための狩猟」が認められたのではないでしょうか。

但し、GHQの「狩猟の継続」裁定に関し、「鳥獣行政のあゆみ」(林野庁 1969)には、「当時狩猟は占領政策遂行上の観点から、装薬銃による狩猟は、狩猟を生業とする者のみに許可されたほか、有害鳥獣駆除の場合に認められたにすぎず、趣味としての狩猟は許されなかった」、とあります。

GHQが認可した「狩猟」の細部事項については、精査を要するようです。

全国狩猟者食糧増産危機突破大会

1945(昭和20)年秋、GHQは狩猟の継続を認めました。これを受け、大日本猟友会は、翌1946年(昭和21)8月28日の総会において、全国狩猟者食糧増産危機突破大会を開催し宣言及び決議をし、関係機関にその旨提出しました。

大会の宣言文は次の通りです。少々長い引用となりますが、戦後直下の国民のおかれた窮乏極める食糧危機、その危機に対する大日本猟友会の組織挙げての決断が宣言されており、当時の社会や世相を視ることができます。

「現下国民大衆ノ生活難ハ食糧ノ遅配、欠配ニヨリ、極メテ深刻ナルモノアリ、之ノ際ニ於ケル我猟友会ノ使命ハ真ニ重大ナルベキ事ヲ痛感シ、我等会員ハ猟用資材ノ不足等幾多ノ悪条件ヲ排除シ其ノ目的達成ノ為献身的努力ヲ致セリ、然ルニ尚食糧危機ハ刻一刻ト身近ニ迫リ、最早同胞ノ生活窮乏ハ最後ノ段階ニ達シタルモ連合軍ノ厚意ニ依リ辛ジテ崩潰ノ危機ヲ免レツツアリ、此際全員ハ本大会ヲ契機トシテ覚悟ヲ新タニシ更ニ強力ナル態勢ヲ整ヘ正ニ有害鳥獣駆除ニ食肉増産ニ或ハ見返リ物資タル野獣原毛皮ノ捕獲シュウ集ニ全力ヲ傾倒シ之ニ依リ食糧増産並ニ輸入食糧ノ一翼ヲ荷ヒ以テ民心ノ安定ヲ確保シ平和日本建設ノ一端ニ寄与センコトヲ誓フ(大日本猟友会 1984c)」

大日本猟友会は、本宣言を踏まえ以下の決議をしています。

  1. (略)猟用資材ノ不足ハ極度ニ達シ其ノ機能ヲ低下シツツアリ。政府ハ資材ノ確保並ニ優先的配給ノ措置ヲ強化セラレンコトヲ要望ス
  2. 農林資源確保ノ為ノ有害鳥獣駆除、見返物資トシテノ野獣原毛皮増産ノ積極化ヲ計ル為政府ハ助成金並ニ中央地方ニ於ケル狩猟制度ヲ強化拡充セラレンコトヲ要望ス
  3. (以下、3点略)

戦争が終結し平和が訪れたものの、国民を待ち受けていたものは終戦の大混乱と大凶作等による深刻・未曽有な食糧危機にあり、巷には「一千万人餓死説」が流布されているほどでした(講談社編 1991b)。このような国難のなか、大日本猟友会は全組織一丸と化して、有害鳥獣駆除・食肉増産・毛皮増産に邁進し、我が国の食糧増産・輸入食糧に貢献する所存、と宣言したのです。

昭和初期、国民の食卓には、家畜・家禽の肉と狩猟鳥獣の肉が「相半ば」していた、と推測されます(「よもやまばなし」第3回)。戦後直下においてはなおさらのこと。

大日本猟友会は、「狩猟鳥獣の肉」等の供給・増産という重大な社会的使命を抱えていたことがうかがえます。


注 「農業被害額 約8,400万円」を現在に換算すると、約520億円となります。 なお、換算に際しては以下を参考としました。


引用文献


2020年9月9日公開