伊藤英人の狩猟本の世界

252.『ヒグマとの戦い』西村武重著、山と渓谷社、2021年

252.『ヒグマとの戦い』西村武重著、山と渓谷社、2021年

著者は大正から昭和初期に、「未開」の北海道で鳥獣を追い、根室で「養老牛温泉」を開いた。牧場にクマの見張りを置くなど、まだまだ鳥獣が優勢な時代の、「人ずれしていない」パラダイスでの狩猟の記録は、当時の北海道の自然環境が偲ばれる、貴重な資料である。アイヌとの交流もある。ヒグマとの壮絶な戦いはネタバレ回避のため自粛するが、すごすぎて圧倒される。

エゾシカは非常に多かった。「紋別から網走、斜里、ウトロまでの海岸には、日暮れになると、何百頭、何千頭とも数知れぬシカが集まり、海辺が黄色くなるほどだったという。…そこへ、これまた何百頭ものオオカミの大群が山奥からでてきてシカを狙い、喰うか喰われるかの大闘争が毎日毎日くりひろげられていた」。北海道の環境収容力のポテンシャルが高すぎるように感じるが、現在の農産物をエサ、大型家畜を野生動物に置き換えると、ありえないほどではない。このあとオオカミは絶滅するが、エゾシカは絶滅寸前まで激減したところから盛り返し、「増えすぎ」といわれるまでになり、保護管理計画において個体数削減の対象となっている。和人がすっかり進出し、開拓の時代が過ぎ、土地利用が安定したいま、当時の自然環境は望むべくもない。人工的になった北海道において、人間はどのようなエゾシカ保護管理計画を立てるのか。そして、エゾシカはどのような姿を見せるのか。理想的な関係を、常に模索していきたい。