はじめに
北海道では、野生エゾシカを貴重な天然資源として有効活用するために、「エゾシカ有効活用循環システム」の構築を目指した取り組みを開始した。道内のいくつかの地域では、野生ジカを生体捕獲して一時養鹿に発展させる試みが検討されている。これまでに、エゾシカ肉を生産供給する本格的な事例はなく、これらの試みは将来に向けて養鹿事業として根付くように、今後の発展が望まれる。本講演では、関係機関と共同で調査した事例を基に、エゾシカの一時養鹿の可能性を考える。
生体捕獲から一時養鹿までの事例
前田一歩園財団では、環境省から試験的生体捕獲の許可を得た。財団が所有する森林はエゾシカの越冬地になっており、樹皮食害防止のために餌付けを行っている。そのため、餌場に多数のシカが集まり、大量生体捕獲を目指すポイントとして好都合であった。初年度の2005年2~3月に東京農業大学に8頭、阿寒町エゾシカ牧場に211頭を移送した。東京農業大学では導入後まもなく数頭が下痢症状を呈し、やがて死亡した。阿寒町エゾシカ牧場でも導入後、類似した死亡例が認められたものの、大半のシカは順調に成長している。捕獲時に妊娠していた雌ジカからは子ジカが誕生した。シカ肉の出荷は、同グループが開設した解体施設を活用して、11月から本格的に開始される。
若齢肥育シカの試験成績
東京農業大学では、生後12カ月齢の雄ジカを6カ月間肥育した枝肉成績を調べた。放牧が乾草給与とサイレージ給与より有意に高く、正肉歩留以外サイレージ給与が乾草給与より高い傾向にあった。モモ、ロース、バラ重量は放牧が有意に高かった。これのことから、肥育方法が異なると枝肉成績に大きく影響することが認められた。
一時養鹿事業の展開と課題
一時養鹿事業は野生ジカを資源として捉えるが、あくまでも保護管理計画の個体数コントロールに寄与する観点から構築する必要がある。そのためには、1)生体捕獲個体を素ジカとして供給するが、野生ジカの生態に必要と判断される個体は開放する、2)牧場の誘致と開設を促進し、資金を助成する、3)野生ジカの移送管理および飼育管理(肥育管理)技術を確立し普及させる、4)解体施設の誘致と開設を支援し、衛生管理体制を充実する、5)シカ肉品質の等級分けと差別化を行い、魅力ある商品を開発する、など展開すべき課題を関係機関の支援により早急に解決しなければならない。
増子 孝義 氏(東京農業大学生物産業学部 教授)