野生動物の価値は、「消費的活用価値」と「非消費的活用価値」に大別される。したがって、エゾシカ・ビジネスを成功させるためには、両価値に基づく活用をバランス良く組み合わせ、最大の利益を複合的に生み出す努力が不可欠となる。個々の活用形態についても、北海道の地域的特性を考慮し、海外を含む他地域のシカ産業との間に明確な差別化を図る必要がある。更に、エゾシカが野生動物である以上、その活用は「野生動物の保全と管理」の観点から展開すべきであり、「生物多様性の保全」を損なうような事態は絶対に避けなければならない。そこで今回は、エゾシカで始まった種々の活用を上記の「条件」に照らして整理し、今後の方針ならびに課題や留意点について議論したい。
1 消費的活用価値に関連して
当面は、(1)狩猟(登録狩猟)資源としての活用、(2)許可捕獲(有害鳥獣捕獲や個体数調整等)した個体の活用、(3)飼育(原則的に一時養鹿とする)個体の活用が挙げられる。
いずれも、肉や袋角、皮等の有用産物の生産と利用が主要素となるが、(1)では入猟者向けのサービス業の展開も想定される。そのため、猟区や狩猟ガイド、解体代行等を北海道ならではの狩猟産業と位置づけ、資格化も含め検討する価値がある。(3)の推進により、安定供給や製品の均一性など、(2)のみでは達成困難なメリットを確保することが可能となる。しかし、道内での許可捕獲を全て一時養鹿用に転換することは困難である。したがって、(2)と(3)はエゾシカ産物の供給源として相補的に展開させる必要がある。
阿寒町で生産が始まった「エゾシカバーガー」は試食会などで好評を博し、エゾシカの消費的活用価値を全国に知らしめる契機となった。さらに、この動きで注目されるのは「エゾシカ森林基金」とリンクさせた点である。基金の目的は、「駆除したシカの有効活用で生じた利益を森林に還元すること」と謳われ、「野生動物の消費的活用の保全生物学的意義」が一般市民にも分かり易い形で提示されている。現状ではこのような国内事例は限られており、全国的な波及効果も期待される。
2 非消費的活用価値に関連して
(1)観光資源としての活用、(2)教育・研修用の資源としての活用が想定される。
(1)に関する活用は、斜里町や西興部村などで行われており、一定の人気を博している。ただし、単に見せるだけ、あるいは地域の生態学的特性を生かしていない内容では継続的集客は困難である。少なくともエコツーリズムとして高い評価を得る必要があり、自然解説のトレーニングを受けた職員の配置は不可欠である。西興部村で始まった「フォトハンティング」のように、ゲーム性を付随させたウオッチングの形態も検討すべきであろう。
(2)については、一般市民向けの環境教育に限定せず、野生動物管理技術者(wildlife manager)や狩猟者の養成も視野に入れるべきである。野生動物による被害問題は全国的に頻発しているが、その調査や防除に関わる実務者養成のシステムは確立されていない。このような教育システムの必要性は環境省や北海道の報告書にも明記され、猟区は格好の実習地として大きな期待が寄せられている。したがって、西興部村猟区が始めた「狩猟セミナー」は、野生動物管理技術者養成プログラムとして注目すべき事例である。同猟区の動きは、消費的活用と非消費的活用とをリンクさせた先行的ビジネス・プランとしてのみならず、人材育成プランの一つとしても早急な行政的オーサライズが必要である。
冒頭にも述べたとおり、エゾシカはあくまでも野生動物であり、その活用は「野生動物の保全と管理」の観点から展開すべきである(これは北海道庁が主宰する「エゾシカ有効活用検討委員会」の基本的コンセンサスでもある)。したがって、エゾシカ・ビジネスの基盤は、従来型の「特用家畜の生産」ではなく、「自然資源の複合的活用」に据えなければならない。その観点からすれば、「資源的価値の確保」ならびに「生物多様性の保全」の理由により、シカ生体の安易な道外譲渡や道内移入は厳に慎むべきであろう。
鈴木 正嗣 氏(北海道大学大学院獣医学研究科 助教授)