一般社団法人エゾシカ協会

梶光一さん「エゾシカ分布域ただいま拡大中」


包囲

 数年前、私の職場に隣接する北大北側キャンパス内の落葉広葉樹の森に、一冬、エゾシカが居ついたことがある。テレビでも放映され、私もある吹雪の日に電話取材を受けた。北大のラグビー場からの実況放送中の電話であり、目の前にシカがいるという。

アナウンサー
「このシカはどこからきたのでしょうか」

「シカに聞かないとわかりません。雪の上についた足跡を逆に追跡すると、わかるかも知れませんよ」
アナ
「街中にシカが出るというのは、珍しいことなのでしょうか」

「現時点では、珍しいといえます。しかし、数年たったらあちこちで報告されるようになりますよ。私たちはすでにエゾシカに包囲されています」

再分布

私の予測は当たった。
 今では、江別市の野幌森林公園、札幌市の真駒内公園、豊滝、手稲山、藻岩山、小樽市張碓など、札幌市内とその近郊のあちこちでエゾシカの出没が報告されるようになった。
 もっとも、私の手元には、1978年から6~7年毎に行なっている分布調査のデータがあり、分布拡大の様子が一目瞭然だったのだから、予測があたったからといって自慢はできない。
 エゾシカは、明治期の大雪と乱獲によって一時は絶滅寸前となるまでに激減している。開拓以前には、エゾシカたちは全道のあちこちに大群をなして生息し、雪の少ない東部地域と、雪の多い西部地域の間で大規模な季節移動が行なわれていたという。だから最近の分布拡大は、かつての生息地への再分布ともいえるのだが、よく見ると、冬季でも道北部、道西部、道南部でシカが増えている。もともと、エゾシカは雪に弱い動物である。

解析

 では、いったい何が分布の拡大をもたらしているのだろうか?
 環境省による分布調査事業が終了する頃、タイミング良く国立環境研究所から「野生動物の生息地モデルに関するプロジェクト」のお誘いを受けた。渡りに船と、エゾシカ分布拡大要因の解析に今年から取り組んでいる。野生動物の生息地モデルに関する研究で学位を取って北大フィールド科学センターを修了したばかりの鈴木透君をプロジェクトに誘い、解析を担当してもらうことにした。

仮説

 私たちは、二つの仮説をたてた。一つは、増え続けるエゾシカ自身がもつ、「個体群圧」ともいうべき内部要因。道東から道央部に分布を拡大中のエゾシカ自身が爆発的な増加を続け、分散を促して分布を拡大しているという仮説だ。
 もう一つは、よくいわれているように、地球温暖化や暖冬の影響で、雪の量が減ってシカの分布を制限要因が緩くなったという仮説である。
 現在、解析途上にあり、詳細な結論を述べることはできないが、手ごたえとしては、これらの二つの要因とも、今日の分布拡大に影響していることは間違いないようだ。北海道全域でみると、1970年以前の最深積雪深の平均値はおおむね10年刻みくらいで、大きな振幅を繰り返してきたが、1970年以降、振幅の幅が小さくなり、いわゆる豪雪がない。さらに、1990年からは冬の平均気温の上昇が観察されている。地球温暖化、暖冬による雪の減少は冬季の自然死亡を軽減し、またこれまでシカが入り込めなかった多雪地帯への進出を許していると言えそうである。

予言

 シカの分布拡大は今後も続くだろう。あと5年たったら、アーバンフォックスならぬアーバンディアが出現する、と予言しておこう。

(c) Kaji Koichi 2004

エゾシカ協会ニューズレター15号(2004年3月31日号)から転載