中国西部の新疆ウイグル自治区のタリム川流域に、タリムアカシカという希少なシカが生息している。広大な中国大陸にはジャコウジカ科5種、シカ科16種と、たくさんの種類のシカ類が分布しているが、タリムアカシカは、タリム川流域のタリム盆地でしか見られない珍しいシカだ。
(写真は飼育中のタリムアカシカの雄。2003年8月、チェルチェンで撮影。大泰司紀之氏提供)
同じアカシカの仲間(世界に23亜種)のうちでも最も原始的な亜種とされ、まわりを砂漠に囲まれた胡楊(ポプラ科の樹木。乾燥に強い)樹林という特殊な環境中で世代を重ねるうち、乾燥地に適応した独自の進化を遂げてきた。
ところが近年、この地方では大規模な灌漑農業が始まり、油田開発とあいまって地下水位が低下、タリム川の水量も減少し、シカたちのすむ胡楊の森がどんどん狭くなり始めている。そのうえ養鹿産業のために野生個体の乱獲も続き、現在の生息数は300頭ほどと、絶滅の危機に瀕している。
このほど現地での調査を終えて帰国した当協会の大泰司紀之会長(北海道大学大学院教授)は、「状況は想像以上に深刻で、早急な保護対策が必要だと感じた。生息地をユネスコ(国連教育科学文化機構)の生物圏保全地域に指定するなど、国際的な保全を進めるべきだ」と話す。
大泰司さんによると、最優先すべきは胡楊樹林の保全だ。衛星写真をもとにオアシス・草原・農地・砂漠・河川といった環境の経年変化を調べ、シカ保護が可能な土地利用法を提案する。同時に個体群のモニタリングを進め、保護策の適否をチェックする体制作りにも着手する必要がある。
「シカ保護管理の手法は、北海道や当協会の開発した技術を応用できる。エゾシカ対策で培ったノウハウをタリムアカシカの保護管理に役立てることができれば」と大泰司さんは話している。(平田剛士)
エゾシカ協会ニューズレター14号(2003年11月10日発行)より