シカ肉の流通と消費の促進する上で、衛生面での安全確保は世界的な課題である。研究者層の厚い海外では、関連する人獣共通感染症について多くの調査が行なわれ、記載事項も多い(ただし人への感染例の報告はほとんどない)。利用を前提とする研究姿勢がとられていることも、我が国とは傾向を異にする。
さて、2002年8月にカナダ・ケベック市で開催された「第5回国際シカ学会」のプロシーディング(議事録)が先ごろ発行され、その中に「シカの病気と人の健康(注)」という論文が掲載された。リスクが想定される人獣共通感染症についても、下記のような表に列挙されている。この表はコンパクトではあるが、各疾病の発生率や対人リスクのランキングが整理されている点で興味深い。
これまで、我が国におけるシカ類の感染症研究は多くが断片的であり、個別事例の記載に留まっていた。今後はより系統だったサーベイランスが不可欠であり、そのためにはこの一覧表に挙げられた疾病から調査を始めるのが効率的であろう。
幸い、今年度から3年間の予定で「野生のニホンジカは人あるいは他の動物種の感染源になり得るか?」という課題で研究費(日本学術振興会)が採択され、まさに調査を始めた段階にある。可能性のある疾病については早急にリスク評価を行って対策を講じ、安全なシカ肉の安定供給体制の確立に貢献したいと考えている。
注:Wilson P. R. & P. R. Davies, 2003. Deer diseases and human health: An internationally significant issue. Pages 27-33 in Conference Proceedings of the 5th International Deer Biology Congress (ISBN 2-9808285-0-5), Ecoscience for the 5th International Deer Biology Congress, Quebec.
表.シカ類が関連する人獣共通感染症(可能性が示唆されるものも含む)
    (Wilson & Davies 2003 を改変)  
病名  | 
      対人リスクのランキング  | 
    ||||||
| 発生率 | 生体から | 死体から | 肉から | 袋角から | その他から | ||
細菌病  | 
      放線菌症※ | 低  | 
      + | + | - | - | - | 
| 炭疽 | 希  | 
      +++ | +++ | - | + | + | |
| ブルセラ病 | 高  | 
      ++ | +++ | - | - | - | |
| カンピロバクター症※ | 希  | 
      ++ | +++ | - | + | + | |
| デルマトフィルス症※ | 希  | 
      ++ | ++ | - | + | + | |
| 大腸菌症※ | 低  | 
      ++ | ++ | + | + | + | |
| エルシニア症※ | 高  | 
      ++ | +++ | + | ++ | ++ | |
| サルモネラ症※ | 低  | 
      ++ | +++ | + | ++ | ++ | |
| 結核※ | 高  | 
      + | +++ | - | + | + | |
ウイルス病  | 
      口蹄疫 | 希  | 
      + | + | - | - | - | 
| 伝染性膿疱性皮膚炎 | 中  | 
      +++ | +++ | - | ++ | - | |
真菌症  | 
      皮膚糸状菌症※ | 希  | 
      +++ | +++ | - | ++ | - | 
原虫病  | 
      クリプトスポリジウム症※ | 高  | 
      ++ | ++ | - | - | - | 
| トキソプラズマ病※ | 低  | 
      - | - | ++ | - | - | |
| サルコチスティス病※ | 低  | 
      - | - | ++ | - | - | |
◎発生率は、希→低→中→高の順で高くなる。
    ◎リスクのランキングは、- → + → ++ → +++ の順で高い。
    ◎※印の付けられた疾病は、世界的な発生が確認されている。
(c)Suzuki Masatsugu 2004
エゾシカ協会ニューズレター16号(2004年6月20日号)から転載