鹿革はとても柔らかくて丈夫な革である。
鹿革の代名詞ともなっているセーム革(別名シャモア革)は鹿や羊のような小動物の皮の銀面(革の表面)を削り取って油(主に鱈肝油)で鞣(なめ)して造った革である。この「セーム」という語は「柔らかい」という意味であり、「シャモア」は「カモシカ」のことである。セーム革は吸水性が良く、さらに親油性もあるので、自動車やレンズ、貴金属類の汚れ落としに使用されている。
バックスキンも鹿革の代表的な革であるが、これは油やホルマリンで鞣した後、革表面をサンドペーパ等で擦って滑らかにした革である。軽くて手触りが良いので、手袋や服、袋物に利用される。「バック」という語は鹿や羊、山羊、兎等の雄を表す。鹿は野生の動物であり、樹木などとの接触で銀面が傷つき易く、また牛とは皮の線維構造が異なり、銀面が剥がれ易いので、一般的には銀面を削り取るが、銀付き革も製造されている。
鹿革は古代から甲冑(かっちゅう)や武具、馬具に利用されており、その製造方法は鹿や牛の腐らせた脳漿(のうしょう)の液に皮を入れて、揉んだり踏み付けたりして鞣し、その後、植物染料に浸漬したり、稲藁や松葉を燃やして煙で燻して色を付けた。奈良の正倉院の宝物には皮革製品が多数あるが、太刀や鞆(とも:弓を射る時に手の甲にはめる物)の紐および胡禄(ころく:矢を入れる具)の革帯に鹿革が使用されている。これらは1200年経過した現在でも柔らかさや鮮明な色を保っており、新しい革かと間違うほどである。
一方、牛革は、紺玉帯(こんぎょくのおび:宝石で装飾したバンド)に用いられているが、硬く脆くなり、色も退色している。また国宝級の鎧の胴の、錦や小桜、獅子と牡丹、不動三尊等の見事な文様を描いた染革(そめかわ)も鹿革である。
伝統工芸の「甲州印伝革」は鹿皮を古くは脳漿で鞣し、煙で燻してから漆でつややかな文様を付けた独特の革であり、財布や袋物等に加工されている。脳漿鞣しは1958年頃まで行われていたが、脳漿の腐敗臭がひどく、現在はホルマリンを使用している。
(c) Takenouchi Kazuaki 2004
エゾシカ協会ニューズレター16号(2004年6月20日発行)から転載
参考 竹之内一昭氏「革なめしとエゾシカ革」
(2007年1月23日「エゾシカ流通セミナー」講演資料)
筆者の竹之内一昭さんは、北海道大学農学部畜産科学科で助教授を務めておられます。エゾシカ協会は竹之内さんと同講座の協力を得ながら、エゾシカの皮革の有効活用について実習を続けています。メールはこちらへ。