玉木康雄
忍び猟のすすめ(1)
私の本業は日本茶の専門問屋なのですが、ふとしたきっかけからエゾ鹿とのかかわりを持つことになり、いつの間にか店頭にはこだわりの逸品としてエゾ鹿製品「雪もみじ」(ほうじ茶で炊いた鹿肉の佃煮)が並ぶこととなりました。
ありがたいことに最近はリピーターも増え、ロングセラー商品となりましたが、数年前の販売当初は、市場全体にとんでもない逆風が吹いており、お客様に製品の良さをご理解いただくのに大変苦労した記憶があります。
その逆風とは、エゾ鹿肉=美味しくない、というマイナスイメージです。狩猟に関われば仕留めた獲物の命の尽きる瞬間を必ず目にすることになりますが、美味しくないということは、頂いた命に対して誠に申し訳が立たない思いがします。秋の高級ジビエの代名詞ともいえる鹿肉にもかかわらず、何故美味しくないイメージが出来上がったのか考えてみると、理由は大きく分けて次の三つである事に気が付きます。
A) 個体の問題……オス、メスや仕留める時期、年齢
B) 仕留め方と処理の問題……命中箇所や血抜き
C) 調理の問題……鹿肉の特性の理解
この三つのハードルをすべてクリアしないとせっかくの自然の恵みであるエゾ鹿肉が、美味しくない、とても残念なものに変わり果ててしまう訳ですが、今回はA)の個体の問題を考えてみます。
家畜の場合は、食べごろの個体が屠畜されるため全く問題になりませんが、天然のエゾ鹿の場合は、山での出会いがすべてとなります。「偶然出会ったその一頭」に照準を合わせて撃たなければならないのであれば、仕方ありませんが、少しでも美味しく食べたい方には是非、忍び猟をお勧めします。
忍び猟は名前の通り、忍者のように音や気配を消して山中を移動しながら獲物を仕留める猟法です。猟を教えて下さった先輩の教えが良かったおかげか、今では私も森の中を、かなり静かに移動できるようになりました(写真は、里へ向かうけもの道)。忍びが成功すると、こちらが先に獲物を発見できるため、美味しそうな個体を選んで撃つことができるのです。かえって不謹慎かもしれませんが、向こうから気が付かれない位置で接近できた場合、引き金を引くまでに、とんでもない余裕があり、スコープの中でメニュウを考えながら獲物を選ぶことさえあるのです。
最高に上品な味わいを求めるのなら1歳の個体、肉質は柔らかく、かすかに残る乳臭い香りが特徴です。高級ラム肉と言っても通用するでしょう。反面ジビエのだいご味はないかもしれません。
ジビエとしてしっかり味わうなら2歳の個体、料理の中でしっかりとエゾ鹿肉のアイデンティティを楽しませてくれます。かすかに針葉樹の香りがするのも特徴です。
じっくり煮込んだシチューを作るなら、3歳の個体もありです。特にコラーゲンを豊富に含んだ肉の確保には、ある程度の体格が必要です。
以上が目安にしている年齢ですが、当然これ以外にも各個体の毛並や肉付き、オスの場合は角の大きさや形も参考にしています。栄養状態や怪我のあるなし、初秋の頃の喧嘩ばかりしているオスは当然に避けるといった具合です。
これらをじっくり確かめることができれば、肉質に関しての「当り!」「はずれ!」はまずありません。
反面、忍び猟だからこその制約もあります。それは仕留めた後、車を止めた場所まで担ぐか、ソリに載せて運ばなければならないということです。距離があれば小さめな個体を選ばなければなりません。
これらをすべて考慮してスコープの中で最良の一頭を選び出します。
距離、風、撃ち下しか、撃ち上げか、頭を料理から射撃モードに切り替えて、引き金に静かに力を加えていきます。
平成25年4月22日