一般社団法人エゾシカ協会

美味しくいただくためのハンティング(5)


玉木康雄 
美味しくいただくためのハンティング

玉木康雄さん

創業昭和八年
日本茶専門店
玉木商店玉翠園
代表取締役

日本茶インストラクター協会理事
茶抽出理論・健康科学専任講師


玉木康雄

忍び猟のすすめ(5)

 寒く冷たい雪ですが、これが山々を白く覆いますと、いよいよ美味しくいただけるシーズン本番となります。

 さて、忍び猟を含めハンティングに興味を持っていただいた方にとっての最大のハードルといったら、それは銃の所持でしょう。

 厳格な法規制や審査がありますが、それ以前に銃という道具に対して、我が国では、危険なイメージが先行していて、所持について周囲の理解を得るのに、苦労される方も多いでしょう。

 私自身も初めて銃所持のことを家族に相談した折、母から「それだけは、やめて頂戴」と真顔で言われたことを思い出します(笑)。何とか、わかってもらえたおかげで今、このエッセイを書かせていただいているわけですが、この問題を理解するには自動車との比較が一番わかりやすいと思います。

 ご存知のように、道具として秘めた大きな力は、「自動車」も「銃」も同様で使い方を誤ると危険なため、厳格な約束事を守ることを前提に特別許可が与えられているわけですが、両者の決定的な違いはそれによって得られる利益が、社会一般に周知されているかどうかにあります。

 自動車を使うことの利益は、誰もが享受し社会における役割が認められているのですが、銃についてはどうでしょうか。残念ながら、利益を感じていただくことも、役割を理解していただくことも十分には、できていないのではないでしょうか。

 狩猟に携わる以上、より多くの方からのご理解も得ながら関わっていく必要があると私は思っています。そこで今回は、美味しくいただくハンティングならではの切り口で、銃という道具の特別な役割について考えてみたいと思います。

 題して「優しく、美味しく、安全に」の話です。

 

自然に「優しく」かかわるための道具

 見通しのきかない森の中、かすかな音、匂いで、はるか先から相手の動きを正確にとらえ、胸まである深い笹薮やアップダウンをものともせず、時速40kmで疾走し、前足の一撃で相手をしとめ、一噛みで太い骨まで砕いてしまう。

※この山親爺さんの足のサイズは約35cm!「かんじき」のような足は、深い積雪の中信じられない速度での移動が可能です。(もっとも、私は奥深い山中で彼らを獲ることには、慎重であるべきと考えています。そのことはまた別の機会に。)

 野生動物たちが生まれながらに持っている様々な能力は、探知・移動・打撃、すべてにおいて驚嘆に値するものばかりです。私たちの身体能力は、森の中、彼らに対して全く歯が立ちません。肉食獣の跋扈した文明の初期の段階では、おそらく山に立ち入ることは、命がけだったことでしょう。

 しかし、見通しのきかない森の中、重なり合う木の葉の間を見通し、アップダウンの地形の先に、直線で必中の打撃力を送り込むことができれば、彼らのテリトリー内でも対等に渡り合うことができます。これを可能にしたのが、太古における飛び道具の発明であり、古代人は弓矢を用いることで格段に野生動物との能力差を埋めることに成功しました。

福島県の泉崎横穴の古墳時代とされる壁画。右端に動物と弓を構えた騎馬の者が描かれている(尚、この資料は、泉崎村教育委員会 教育課様からご提供いただきました)

 弓矢は、今でも狩猟に使えそうに見えるかもしれませんが、性能の問題を別にしても、弓に矢をつがえ、狙いをつけながら、強靭な弦を引くという動作は、かなり大きな気配となり、獲物にこちらの存在を露呈してしまう弱点があります。

 それに対して、引き金を引く指先の小さな動きだけで正確に弾丸を発射できる銃は、枯枝一本折る音さえも嫌う猟にとっては最適のアイテムです。必要な捕獲のみに徹した「忍び猟」をはじめ、森を切り開くことなく自然に対して、できるだけ優しい関わり方を我々が追求していくためには、銃という道具は必要不可欠な存在なのです。

「美味しくいただく」ための道具

 さらに、以外に思われる方も多いのですが、弓矢での狩猟は現在日本では法律上も禁止されています。弓矢の威力では動物の苦痛を長引かせてしまうからだけでなく、獲物として考えた場合、怪我だけで逃がしてしまったり、追撃の末に捕獲できたとしても肉に血が回り食用としての価値を失ってしまう率が極めて高いからです。古の狩人たちが食料用にもかかわらず、中毒リスクを承知で矢尻に猛毒を塗って猟を行ったのは、弓矢のこうした威力不足を補うためですが、今の時代、食品にこのような方法は、許されるわけもありません。

 美味しくいただくことを目的とするならば、銃をもって急所を狙って一撃で仕留める以外、方法はないのです。

美味しくいただく=「安全」ハンティング!

 獲物を美味しくいただくためには、(1)個体を選び、(2)急所に狙いをつけて、(3)慎重に一発で仕留める、の三条件を満たさなくてはならず、だからこそ、これが可能な忍び猟をお勧めするわけですが、実は、このことが同時に、狩猟における誤射を防ぎ、「安全」を必然的に約束してくれることにもなるのです。

 銃を扱う者には法令で「獲物の確認」が義務づけられているにもかかわらず、毎年のように、「森の中で動くもの」「笹薮から飛び出してきたもの」等に確認せず発砲して仲間や第三者を誤射してしまう痛ましい狩猟事故が発生します。これらは、とにかく獲物を獲りたい!と焦った気持ちで猟に臨んだ結果の悲劇なのですが、「美味しくいただく」前提で猟に臨めば、美味しそうな個体選びに始まり、発砲に至るまでの各段階で狩猟事故の原因である確認義務違反を、「食欲」という本能によって自然に防ぐことができます。

 美味しいものを食べたい! 食いしん坊ハンターにとっては、美味しくなければ獲る意味が感じられないため、①から③の条件が整わない状況では引き金に指が掛かることさえないのです。

 「獲物を獲りたい」と思う気持ち「猟欲」は、かつて食料が十分でない時代に、猟の成功により自らの空腹を満たし、家族を養うといった命を繋ぐため備わった「食欲」等の生存本能の一部であったはずです。

 食料に事欠かない時代になったおかげで、いつの間にか食べることを二の次に、獲物を獲ることを第一義においた「猟欲」が、本来の「食欲」の範疇から独り歩きしてしまっているのが現代でしょう。

 この原点の「食欲」優先に立ち戻るだけでよいのです。

 我慢して食べなければならないような物なら、飽食の時代に「食欲」を喚起することは難しいでしょう。しかし、「きちんと」仕留めたエゾシカは間違いなく、グルメをうならせ万人を味の虜にできる魅力を持っています。ご家族や友人、周囲の人たちから、「また獲ってきてね」と心から望まれるようになるには、猟場におけるあなたの慎重な一発に全てが掛かっているのです。

 正しく使うのは勿論ですが、銃が自然環境を守るためのお釈迦様の如意棒にも、至高の味覚を楽しむための森へのパスポートにもなること、少しはお伝えできたでしょうか。

 自然環境の守護者であり、美味しい山の幸を持って帰って来てくれる、そんな魅力あるハンターが一人でも増えることが、社会全体のご理解に、そして安全な狩猟にもつながるものと思っています。

平成26年11月21日

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