伊藤英人の狩猟本の世界

271.『生食のはなし』川本伸一編集代表、朝倉書店、2021年

271.『生食のはなし』川本伸一編集代表、朝倉書店、2021年

「なましょく」という読みは辞書では見ないが浸透してきている。牡蠣やエビなどの魚介類は「加熱用」「生食用」と表示される。狩猟界では、かつて一般的であった生食は今では絶対禁止の行為とされる。

本書では、狩猟肉を含む生肉食のリスクと対策が簡単に書かれている。そのうちE型肝炎では、2012-2016年にシカ32件、イノシシ34件が発生している。野生動物肉の食中毒の事例は、数としては決して多くないものの、ほとんどが刺身食を原因としている。

適切な加熱処理をすればほとんど防げる。一部の危険行為のせいでまた規制強化がされてはならないと思い、私も加熱方法を守っている(中心部75度で1分以上)。かつ、焼き過ぎを防ぐため、アプリと連動した肉温計を使っている。好みの焼き加減に達するとピーピー鳴るので、生焼けを心配して何度も切って確かめることがなくなった。本ではなく肉温計を買えば済む話かもしれない。

処理の手間としては、豚熱の感染拡大防止のほうがはるかに重労働である。様々な薬品で処理するよう言われており、個人猟では大きな負担になっている。一時のコロナ対策のように過剰な気もするが、やらなければならないのであろう。

マタギの生き血飲みやイヌイットのアザラシ肉の生食など、狩猟での生食文化についてもっと記録してほしかったが、「生色は奇食の類の危険行為である」と言い切られてしまった。しかし、シカを生で食べなくなったのもつい最近のことである。生肉食の危険の周知は重要だが、生食文化の数々を敬意をもって紹介してほしかった。