伊藤英人の狩猟本の世界

223.『アイヌと神々の物語』萱野茂著、山と渓谷社、2020年

223.『アイヌと神々の物語』萱野茂著、山と渓谷社、2020年

『カムイユカラと昔話』(小学館、1988年)の一部を復刻し文庫化。子に聞かせる、含蓄ある昔話(ウウェペケレ)の数々。

最初の、何不自由なく暮らす主人公の登場シーンでは、「何を欲しいとも何を食べたいとも思わずに」という定型句がしばしば出てくる。無欲さがいきなり美しい。立派な行為をする登場人物は「よい精神をもつ」と表現され、逆に食い意地が汚いような人物は「悪い精神をもつ」と呼ばれる。悪い精神をもつ人間には、悪い神がついていて、その人が本当は悪い人ではない感じにしてくれているところが優しい。よく獲物をもたらし、かつ精神のよいハンターは、家族、村人、神々から尊敬される。

神と人の近さは、他の宗教にはないように思う。神が人の姿になることもあれば、神が人間に恋してしまったときや人に被害が及んだときは、神が人間に怒られる。初見の来客に対する反応は、「神だか人だかわからない方々が来ております」。
さて、捕獲した獣の遺体をまつらずに放置するとどうなるか? 自分が食べる以上のネズミを殺したネコは、ネズミの親玉に何をされるのか?

かつてのアイヌのように、ウウェペケレを聞かせるだけでも教育としては十分に思える。自然への敬意が育つ。ぜひ和人の教科書にいくつか採用してほしい。

マンガ「ゴールデンカムイ」人気のおかげで、アイヌの良書の復刊が続いている。アイヌの自然観がよくわかる『コタン生物記』(法政大学出版局)が青土社から復刊された。プレミア価格となり入手困難だった状況が解消されたのは喜ばしい。復刊は、文字は問題ないものの、写真の色がつぶれたりモアレができたりして再現が難しい。印刷技術は上がってきたようであるが、写真重視なら原著を手に入れるのもいい。