伊藤英人の狩猟本の世界

254.『刃物のおはなし』尾上卓生・矢野宏著、日本規格協会、1999年

254.『刃物のおはなし』尾上卓生・矢野宏著、日本規格協会、1999年

前半は刃物の素材の歴史と特徴、後半は「切れ味」を科学的に評価し解明する。専門家による刃物の解説はためになる。

日本は海や山の幸に恵まれ、さまざまな産業で刃物使用の機会があった。一方、各地で砂鉄が豊富に取れたため、地域特異的に刃物と鍛冶技術が発達してきた。現在においても、日本の刃物、そして刃物用鋼材が、他国を圧倒するレベルを誇っている。

刃物で切る瞬間、切れ味にはさまざまな要素がかかわっている。刀身には「鍛冶技法、鋼と鉄の組み合わせのバランス、及びこの構造の偏芯度合い、焼き入れに伴う適正温度の設定、保持時間、冷却の適性、焼戻しの度合い、刀身の反り、最大荷重接点、共振の減衰、柄の設計と刀身全体の重点の位置など」が関係する。一方、使い手側の要素は、「技量、切る対象の選択、刃の当たる角度」などである。剣道は複雑で深い(竹刀でどれだけ再現できるか疑問だが)。

外国の刃物の紹介コーナーに、「ウイグルの包丁」があった。原材料の90%を日本の自動車用の板ばね材が占めるという。板ばねは車を支える、破断してはならない強靭な素材(SUP6)で、師匠もこの素材で槍を自作して使っている。「イランのダガー」は反りがきつく、血を外に出す溝があるため、血抜きがしやすそうであったが、この形は秋葉原の殺人犯のせいで違法扱いになってしまった。

「切れ味」の定量化には、「切れ味感」をもちだすなど苦戦しているが成果を上げている。切れ味のよい刃物とは、物に最初に当たる小刃角が小さい(つまり鋭い)、そして硬いものであるが、物によっても研ぎ方によっても変化する。硬ければもろい。軟らかすぎれば曲がる。鋭角なら欠けやすい。鈍角なら切れない。用途に合った鋼材を選び、適切な角で研ぎ、切る技術を磨くしかない。研ぎと切り方が上達すれば、使いみちが広がり、刃物の寿命も延びる。

家庭用包丁の使い方を前提とすれば、適切な焼き入れ・焼き戻し処理がされた一般的な軟らかめの炭素鋼を用い、やや鋭い刃をつけるとよい。使用後は洗って水気を拭き、週イチくらいで研ぎながら使いつづけるのが理想である。

狩猟という過酷な条件で使うには、あまりサビず、力を入れて使える硬さの鋼材がいい。なお、マタギナガサは比較的軟らかく、狩猟専用というよりはキャンプにも活躍する万能型といえる。骨を力まかせにたたくなら、もうひと回り硬いものを使うべきである。

同シリーズ『金属のおはなし』(大澤直著、2006年)もマニアックでおもしろかったが、狩猟からは遠いので割愛する。