伊藤英人の狩猟本の世界
275.『世界の奇食の歴史』セレン・チャリントン=ホリンズ著、阿部将大訳、原書房、2023年
各種臓器、カエル、ウミガメ、ウジ虫チーズなど、古今東西の奇食が出てきており、当時ふつうに食べられている様子がおもしろい。奇食とは本人が言うものではなく、傍目から見て使う言葉である。日本酒も、「カビを利用した飲み物」として紹介されるが、少しも奇食と思われていない。奇食ははたして奇食なのかと考えさせられるし、それらをエネルギーとして取り込む人間の消化能力こそ驚嘆に値する。
普仏戦争により占領下にあったパリでは、食糧難から、ネズミ・ネコ・イヌの肉が肉屋の店頭に並んだ。イヌはマトン、ネコはウサギの代用だそうである。パリ市民の、肉食に対する情熱は凄まじい。この熱き思いに比べたら愛護など浅はかに感じる。ネズミ食、イヌ食、ネコ食は、奇食などではない。
近年、男性器を手術で切り落とし、調理して、SNSで募集した挑戦者に振る舞った日本人の話があった。これは奇食。
狩猟でさまざまな動物や珍しい部位の肉(?)を得ても、現場で食用に処理する余裕はあまりなく、無能なネット検索では調理法すら出てこず、手をつけられていない未知の領域がどうしても存在する。このうち、私は隙をみて研究し、いくつかの部位を極上の食物と認定して、贅沢に味わっている。
ちなみに、この文を書いているIKEAレストランでも、「プラントカツカレー」という謎の食べ物を販売している。植物由来の偽肉をカツに似せて、プラントカレーに乗せている。これを食べる人は、肉が好き(だけど食べられない)なのか、肉が嫌いなのか、わからない。少なくとも、野菜本来の味は消えているのではないだろうか。素材の味を愉しむ文化ではない。大豆ミートに「肉みたいでおいしい」というのは豆に失礼ではないのか。これは奇食かもしれない。私はプラントカレー(安い)に唐揚げ(なぜか肉も売っている)をトッピングして肉感を追加している。プラントカツカレーを注文する勇気はない。