伊藤英人の狩猟本の世界
281.『食べるとはどういうことか』藤原辰史著、農文協、2019年
中高生が著者との座談会イベントで、食について哲学する。息子の宿題の課題図書とした。まず「いままで食べたなかで一番おいしかったもの」を問う。どの例も、料理単体の純粋な評価ではなく、誰とどういうときに食べたなどの「状況」が、食材とともに挙げられており、人間の食の、動物の食と異なる部分があらわになっていく。1日約3回、死ぬまでには相当な数を経験するものであり、その体験は人生において特別なものとなりうる。「おいしい」という表現はあいまいであるが、食の状況をも含む複雑な要素が重なり合う、定義しづらいものでもある。
さて、狩猟肉は、畜肉に勝るものなのだろうか。どれだけ(卵でいう「平飼い」のように)野生下で自由に(?)のびのびと(?)生存競争を勝ち抜いてきた(?)としても、長きにわたり選抜や品種改良を重ね、徹底した衛生管理と流通のもと、ごく簡単に入手できる非常においしい畜肉を超えることはあるだろうか。さまざまな肉を食べてきた私は、「何の肉が一番おいしいか」を聞かれたときに、ついうっかり「牛肉」と答えてしまった。牛肉は文句なくおいしい。正直、単純なおいしさの評価で牛肉を超える狩猟肉は存在しないかもしれない。
しかし、人間らしい「おいしさ」基準で、狩猟体験や鮮度等を加味していけば、タヌキのキンタマを牛肉よりおいしいと言い出す人が現れるかもしれない。狩猟は、食の直接の体験であり、インパクトが大きく、究極のおいしさを感じる可能性があるし、食の哲学の格好の材料となる。