伊藤英人の狩猟本の世界
284.『「死んだふり」で生きのびる』宮竹貴久著、岩波書店、2022年
「死んだふり」という、逆効果に思える戦略が進化の過程で淘汰されずに残っている謎に迫る。本書では昆虫の被食防衛が中心だが、哺乳類にも通じる。
さまざまなケースで、「死んだふり」は生存率を高めている。動く生き物の「動かない」という“行動”が、捕食者の選択に影響している。生きるための「死んだふり」、というところがおもしろい。
クマに遭遇したら、死んだふりをしても意味がないというのが現在の通説である。クマが死体を食べるので当然ではある。しかし、冬眠明けなどのよほどの空腹でないかぎり、「まずそう」と思わせるだけで危険を回避できる可能性がなくはない、と思った。実際、腰が抜けるなどしてとっさの動きが取れないケースは考えられるし、走って逃げるのは逆に「おいしそう」と思わせているのではないだろうか。
ここで、「しょんぼりタヌキ」を紹介したい。わなにかかったタヌキの多くは好戦的だが、約2割は座り込んでしょんぼりしている。触っても、わなを外してもその場を動かない。暴れて疲れているわけでもなく、観察していると、数十分後にゆっくり動き出し逃走する。突然全速で逃げるわけではないので、弱ったフリなどの演技をしているとは思えない(キツネにだまされるのとは違う)。これは私が捕獲した狩猟獣のうちタヌキにしかみられない行動で、いわゆる狸寝入り(起きてるけど)と思っていたが、これも死んだふり戦略と考えられる。体力の消耗を防ぐ意味もあるのだろうか。