伊藤英人の狩猟本の世界
283.『世界の絶滅危惧食』ダン・サラディーノ著、梅田智世訳、河出書房新社、2022年
地域特有の気候を利用した食べ物(フェロー諸島のシェスペチャートなど)や、製造に特別な技術がいるが後継が続かない食べ物(西伊豆の潮かつおなど)が、絶滅の危機に瀕している。
タンザニアの狩猟民族ハッザのハンターは、ハチミツを食べる(しかし巣を破壊する力はない)鳥であるノドグロミツオシエと口笛で会話をし、鳥からハチの巣のありかを教わり、ハチミツを得ている。鳥はおこぼれで十分である。しかし、ハンターの能力が低下すると、ハチの巣の場所が聞き取れない。鳥の声が虚しく響きわたるのみである。
本書には世界のさまざまな奇食の事例があるが、危機に追い込まれている形として最も多いのは、優良品種に駆逐されている在来種の構図である。おいしい、量が取れる、飼いやすい(育てやすい)優良品種が、恐ろしいスピードで在来種に置き代わってきた。われわれは、遺伝的にも均質すぎるものを「安い」「おいしい」と感じながら、大量に食べ続けている。われわれも均質化しているのだろうか。この食生活こそ奇食と呼べる気もする。一方、手のかかるおいしくない食べ物が消滅しても別にいいかもとも思う。
均質化には病気に弱いなどのリスクが常にあり、抗生物質の開発をはじめ、なんとか対策して維持しているものの、この先どうなるのか不安は尽きない。
かつて日常であった狩猟は、時間も手間もかかる、贅沢な営みとなった。得られる狩猟肉は、均質化されていない貴重な野生肉となったのである。自家消費ならいいが、販売を見込むとなると、均質化と安定供給という、野生とは矛盾した理不尽な常識を押しつけられることとなりそうだ。