一般社団法人エゾシカ協会

未知との遭遇


塚田宏幸 (バルコ札幌)

筆者撮影

 北海道の、とある山の中に高級ホテルがある。大自然に囲まれ、眼下には広大なパノラマが展開している。そこに勤める庭師が私にしてくれた話。ある日、朝食を済ませたゲストが目の前の林を指差しながら大喜びしていたので、庭師が「何かいましたか?」と尋ねると、そのゲストは「あの木、小熊が登っているのよ!! さすが、北海道だわね~、カワイイ~」と答えた。ギョっとしてその木を見つめると、本当に小熊がいるではないか。慌ててゲストを屋内に連れ帰ったそうだ。
 似たような体験が私の身にも起こった。7月、私は仕事で道東を回っていた。2泊3日で1200kmの車旅。最終日は近くのキャンプ場を寝床にしようとテントを張った。そして、深夜4時頃。ガサゴソと誰かが歩く音が聞こえる。「こんな朝早くにもう誰か起きてきたの?」不審に思いテントから外を覗くと、何かボンヤリと影が動いているのが見える。目が悪い私は、近くにあったメガネをかけて再び外を見て一気に目が覚めた。なんと私のテントは、エゾシカの群れに囲まれていたのだ。朝食を食べに山から下りてきたのだろうか。こんなに近くで、野生のエゾシカを見たのは初めてだ。こちらに気づいても一向に逃げる様子もなく、人馴れしているのがわかる。群れの中には立派な角を持つオスもいる。「この辺りは、毎日のようにエゾシカが下りてくる。本州から来る観光客も喜んでさ」と、後で会ったキャンプ場の管理人は話していたが、よく見るとこのキャンプ場、あちらこちらエゾシカが喰い散らかして芝生に穴が……。喜んでいる場合でないのでは?
 さて、ここから本題。初めてエゾシカを食べる人(特に女性)の何人かは「いや~、かわいそ~」と言うが、パクリと一口食べた後にはほぼ間違いなく、「いや~、オイシィ~!!」。女心と秋の空とはよくいったものだと感心するのだが、これくらいコロっと気持ちが変わると逆に気持ちいいくらいで、可哀相はどこいったの? とツッコむ気にもなれない。世間では、環境問題への取り組みが注目されているが、実際、野生動物や自然の事を考える人とそうでない人との温度差は広がっているように私は思う。秋空のように、無関心だった人がコロっと変わって自然や野生動物に目を向けるようになるキッカケが、北海道には沢山ある。


エゾシカ協会ニューズレター23号に掲載

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