一般社団法人エゾシカ協会

エゾシカの生ハム


塚田宏幸 (バルコ札幌)

 以前スペインを訪ね、いくつもの生ハムを食べ歩いたことがある。「生ハムは豚のモモ肉で作るものだ」と当然のように思っていた私は、あるお店で牛肉の生ハムに出会った。牛肉の加工品と言えば、ジャーキーくらいしか想像できなかった当時の自分にとって、茶褐色のしっとりした「牛生ハム」は驚きだった。噛めばかむほど、赤身のうまみが広がる完成された味。スペインの肉加工文化の奥行き、その一部を垣間見た気がした。

 それから年月がたったある日、調理場にエゾシカの骨付きモモ肉が届いた。見るからに素晴らしい鮮度の肉をみて、私は生ハムを作ってみようと決めた。

調理/塚田宏幸

 調理/塚田宏幸

 生ハムの製法には、大きく分けて2種類ある。ひとつは燻製するタイプ。もうひとつは塩漬けし乾燥・発酵させるもの。エゾシカ肉を使う今回は、発酵タイプのものを作ることにした。

 簡単にプロセスを紹介する。まず、しっかりと血抜きしたモモ肉を塩に漬け込み、1週間ほど冷暗所に置く。その後、新しい塩を足してもう一度、しっかりと漬け込む。またしばらく置いたら、今度は水を使って塩抜き。風通しの良い場所でほどよく乾燥させてから、貯蔵室に吊して2年ほど熟成させる。考えただけで気が遠くなりそうな作業行程だが、料理好きにはこれがたまらない。

 あまりにも簡単にご紹介しているが、道中にはいくつもの課題がある。特に塩抜きは、出来上がりの味を決める大きな要素。塩分を抜きすぎると肉が腐敗してしまうし、反対に塩を残しすぎると当然しょっぱい。ちょうど良い「塩梅」にするのは、経験を積むしかない。

 通常の生ハムに使う豚モモ肉の場合は、大部分が厚い皮に覆われて、それが肉の過度の乾燥を防いでくれるのだが、このエゾシカのモモ肉は赤身が露出していた。そこで今回は一計を案じ、ほどよく乾燥させた後のモモ肉の全体に、豚脂に唐辛子と小麦粉を混ぜたものをコーティングしてみた。

 熟成させる場所も重要だ。やはり生ハム作りの本場イタリアでは、専門家に「一定の温度にコントロールするより、寒暖差がある方が良い」と教わった。だがそのような場所が今回は見つからなかったので、地下室で保管することにした。

 そして2年。地下室から調理台に移したそれに、私はそっとナイフを入れた。結果は──

 肉質はしっとりして、食べれない味ではない。が、コクも香りも、期待していたものからは程遠かった。

 生ハム作りのプロやチーズ職人ら、数人の専門家に相談に乗ってもらって、課題が明確化してきた。チーズの王様がパルミジャーノだとしたら、肉加工品の王様は生ハムだと私は思っている。双方に共通のキーワードは「熟成」。これを極める必要がある。

 現在の行程に辿りつくまでに、どれほど先人たちの努力があったのかに思いをはせながら、また次の一本を仕込んでみようと思っている。


エゾシカ協会ニューズレター38号(2015年4月)に掲載

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